2月

 

 

 

25(土)   マボロシのユニット Direct touch service

 

 


   普段、ぼくは自作自演の弾き語りスタイルでライブをやっています。だからぼくのライブを見た人は当然「佳野リサトってのは歌うのが好きなんだろうな」と思っているんでしょうね。けど実はそうでもないんです。歌を歌うのは苦手です。

   歌はだれか他のひとに任せてぼくはバックでひたすら無愛想にギターを弾く、といった形態の二人組ユニットをやりたいな、とぼくは昔からつねづね考えていた。歌うのは女の子がいいな。

   ユニット名はすでに10年も前から決めてある。その名はDirect touch service 。ボーカルの女の子は茂呂沢リナ、ぼくは茂呂沢レオと名乗ることになる。「モロさわりな」「モロさわれよ」というワケね。だからユニット名がダイレクトタッチサービスなんです。

   ぼくは今まで何度か歌うことに興味がありそうな女の子に声をかけた。始めは乗り気な感じでぼくの話を聞いてくれるんだけど、じゃあいつスタジオに入ろうか?などと具体的なことを相談しようとすると大抵みんな及び腰になってしまう。手書きの楽譜なんか渡すと微妙に相手の顔が引きつったりしている。カラオケで歌うのが好きなのと、ライブで歌うという事とは別の次元のことなのかも知れない。

 

   かくして構想10年におよぶぼくのユニット結成計画は頓挫したまま現在に至っている。ライブがある度に、ぼくはむりやり気持ちを奮い立たせてマイクに向かっているのであります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  18(土)   コインランドリー

 

 

 

 

   コインランドリーに来ています。乾燥機で仕事着を乾かしているところです。外は風が冷たいのだけど、昼過ぎから陽がさしてきたので店内は暖かい。

   いつのころからか、コインランドリーは清潔な場所になった。ぼくが一人暮らしをはじめた頃、今から30年近く前の話だけれど、コインランドリーはたいてい銭湯のそばに併設されていて、じめじめして薄暗いところだった。愛犬に使っている敷き毛布をこっそり洗濯したりする人もいたみたいだ。
   今ぼくがいるコインランドリーはかなり広い。入口の横に観葉植物が置かれていて、通りに面した大きな窓からは太陽光が入ってくる。ちいさな子供のために玩具や絵本が揃えてあるキッズコーナーまである。

   乾燥機は200円分の作業を終えてドラムは止まった。乾いた衣類を取り出してさっさと帰ればいいんだけど、外は寒そうで何となくケータイをいじったりしてぐずぐずしている。だれもいないコインランドリーはぼくの部屋よりも居心地がいい気がする。困ったもんだ。

 

 

 



 

 

 

16(木)   米とぎ前の声出し確認

 

 


   米を炊くときはいつも三合炊くことにしている。米びつから米を出す時、一合ずつカップで量を計りながら「いち、にい、さん」と声に出してどんぶりに移し替え、きっちり三合ぶんの米をとぐ。なぜわざわざ声を出して数えるのか?そうしないと何合取り出したのかわからなくなってしまうからだ。

   記憶っていうヤツは狡猾だ。ちょっと目を離したスキにおれの脳みそのシワからするりと逃げて行ってしまう。振り返るともう影も形もない。加齢で物忘れがひどくなっているかもしれない。自覚するのはなかなか切ないものですが。


   部屋にひとり、中年男が米びつの前でひざまずいている。計量カップで米を取り出しながら声に出して確認している。はたから見たら奇妙な風景だろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

8(水)   知らないということ

 

 


   知らなかった、浜崎あゆみさんが結婚してたなんて。そして離婚したことを最近知りました。

   ぼくはテレビこそ見ないけれど (ぼくのうちにテレビはない) 、新聞やPCで世の中の動きは大体フォローしているつもりなんですけどね。ぼくの情報収集能力、記憶力に致命的な欠陥があるのだろう。

   まあ芸能ネタに疎くても特に不都合はないのだけれど、ぼくはむかし、昭和という時代が終わったことに気が付かなかったことがある。平成と改元されたことを知らぬまま何日も過ごしたということではなく、世間一般のひとよりも知るのが一拍遅れた、という程度ですが。今から23年前の話です。

 

 

 

 

 

 

 

7(火)   いい国作ろうキャバクラ幕府

 



「わたしキャバクラに行きたいな」

   デート中、彼女は唐突に言った。ぼくは口に含んでいたコーヒーをぶちまけそうになった。

 



   15年くらい前の話です。


   ふとしたきっかけで知り合い、仲良くなった女の子がいた。近場の繁華街をぶらついたり、マクドナルドで他愛ないおしゃべりをするデートを何度か重ねた。

   今度はもっと遠出をしてみようよ、どちらからともなく言い出し、あそこがいい、いやそれよかコッチのほうが、などと和気あいあいとしゃべっていた。

   近場のお友だち感覚デートから、郊外へ足を伸ばす本格的なデートにステップアップ。案外ぼくらはうまくいくかも、と思い始めていた。


   そんな風に今度会う相談をしている時、彼女から冒頭の「キャバクラに行きたい」発言が出たのです。

   彼女はどちらかというと真面目な優等生タイプで、どう考えてもキャバクラとは無縁のはずだった。でも、とぼくは思い直した。でもだからこそ自分には無縁の世界を覗いて見たいのかもしれない。そんな思い切った提案をするってことは、ぼくに対して心を開いてくれている証左ではあるまいか?ぼくは彼女のことを自分勝手に解釈した。でもそれは間違っていた。全然間違っていた。

 


   ぼくはコーヒーを吹き出しそうになるのをこらえ、なんでもないふりを装った。「あー、キャバクラね」意味もなくペーパーナプキンでテーブルを拭いた。「それもわるくないかもね」

   平静を取り戻したぼくは、努めてさりげなく聞いた。

「あのさ、君が行きたいのは具体的にどういうところ?」

「地名はいま思い出せないんだけど、アジサイのきれいなところがあるの」

   アジサイのきれいなキャバクラって何だい!? 会話が根本的にズレてんじゃん。ぼくは新宿にあるキャバクラに行きたいとか、そういう答えが返ってくると予想していたから。

   ぼくは釈然としない気持ちを抱えたまま彼女を最寄駅まで送った。


   後日、彼女は「鎌倉に行きたい」と言っていたことが判明した。そっか、キャバクラじゃなくてカマクラね。ぼくの聞き間違いかあ。

   ぼくが笑い話にしようとした聞き間違いを、彼女は愉快に感じてくれなかったみたいだ。前述の通りどちらかというと真面目な優等生タイプなのだ。

   あの時話をしていたマクドナルドは混み合っていて、しかも横のテーブルでは部活帰りの女子テニス部が声高にしゃべりまくっていた。彼女の言っていることが聞き取りづらかったのだ。彼女と付き合い始めてまだ日が浅かったので、「キャバクラ」などという話の流れにそぐわない彼女の言葉を何となく遠慮して聞き直すことが出来なかったのも今にして思えば失敗だった。

   この一件が原因というわけではないと思うけど、やがてぼくらは疎遠になった。

 


   「アジサイのきれいなキャバクラ」ってすごくステキだ。ダリが描く画みたいに非現実的で美しい。